hippie-fashion-1960s-men-i16※出典:www.theguardian.com

ブ&ピースの精神を持ち、社会とは全く別の価値観で暮らしていたのがヒッピーである。

社会に対しての「?」が積もりに積もって、いったん社会の価値観を否定し「本来の人間らしさ」を体現したのがヒッピーだった。ヒッピーはアメリカで生まれ、世界にも広がるほどの大きなムーブメントになった。

ヒッピーは小汚いとかドラッグ中毒などのイメージを持たれることが多いが、一番注目すべきはその精神ではないだろうか。音楽を楽しんだり、無駄なものを買わなかったり、洗礼された生活のように思う。時が経った現在でも共感する人は多いのではないだろうか。

社会に縛られずに”人間らしい”生活をしていたヒッピーについてお伝えします。

 

1960年代後半、戦争を反対する活動として誕生したヒッピームーブメント

ヒッピーは1960年後半にアメリカ、サンフランシスコのヘイトアシュベリーに若者たちが集まり広がったムーブメント(活動)。

当時、アメリカはベトナム戦争真っ只中で無差別爆撃、枯葉剤投与をベトナムに対して行いました。そんなベトナム戦争は「正義なきベトナム戦争」とも言われていました。

アメリカでは戦争や社会への不満を感じ、既成の社会体制や価値観を否定し脱社会的行動をとった若者を中心とした人々が現れるようになり、それがヒッピーと呼ばれるようになりました。

ヒッピーは、”ヒッピーカウンターカルチャームーブメント”とも呼ばれ、既成の社会のカウンターカルチャー(対抗文化)でした。だから既成の社会体制や価値観とは別の考え方をしています。「ラヴ&ピース」の思想を掲げ、当時の社会から離れるように人間らしさを求めヒッピー達は原始的な生活を好みました。

ヒッピースタイルはというと、あごひげ、ベルボトム、裸足、ビーズ玉の飾り、ヘアバンド、ヴィクトリアン風の服、ミニスカート、模様入りストッキング、長髪で平和を象徴するピースマークのアクセサリーやカラフルで派手な柄を取り入れたファッションスタイルがヒッピーの特徴でした。

 

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※出典:www.pinterest.com

ちなみに写真を撮る時のポーズ、ピースサインはヒッピーたちによる反戦活動によって広まったとも言われている。

 

 

ヒッピーライフを象徴する「ファッション」「ドラッグ」「ミュージック」

ヒッピーたちの生活といえば、定職に就くことはなく、自分で手に職をつけて暮らしている人がほとんどでした。

お金は重要ではなく、必要な人に自分の持っているものを分け与えたりしたりと損得感情もなしに生活していました。

いくつかのヒッピーはマリファナやLSDなどのドラッグを常用していましたが、はしゃぐために服用する人もいれば、精神状態を覚醒させるために服用している人もいました。ヒッピーはみなドラッグをやっているイメージが強いようですが、実際はやらない人もいたりと人それぞれでした。

ヒッピーファッションに身を包みながら当時の流行していたフォークやロックを聴きながらドラッグを服用する、これがヒッピーを象徴するスタイルでした。

 

A hippy is pictured topless in the crowd at Knebworth rock festival in 1979.. (Photo by Evening Standard/Getty Images)formatlandscape;relaxation;Fans;female;nudity;hair;cigarette;Roles&Occupations;YouthCulture;Music;Musicfestival;Rock;Europe;England;Britain;ES799696;ESG/MUS/CONC/ROCKCONCERT/KNEBWORTH-1979CR/ESG/TYPES/YOUTH-
出典:flowerchildphotos.wordpress.com

 

ヒッピーのファッションはタイダイ柄や花柄をよく使っていて、タイダイ柄は自分で絞り染めをして作っているヒッピーもいました。花柄は平和を象徴する柄としてよく使われていました。そんな花を多用するヒッピーは別名フラワーチルドレンとも呼ばれることも。それを特徴付ける印象深い出来事がありました。

ヒッピームーブメントが盛んになった頃、デモが発生しアメリカの兵士が出動する事態になります。アメリカ兵は激しく反戦活動をするヒッピーたちの元に銃を持って鎮圧に乗り出します。そんな中で1人のヒッピーの男の子が兵士の銃口に花を次々と挿していきました。

 

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出典:www.theguardian.com  銃口に花を挿す少年

 

ヒッピーが「ラブ&ピース」をスローガンとするまさにそんな出来事でした。

 

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出典:blog.flag77.com タイダイ柄のTシャツ

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出典:en.wikipedia.org ピースマーク


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出典:www.priveadres.net  ヒッピー達はよく移動にフォルクスワーゲンのバンを使っていた

 

 

1969年にアメリカでヒッピームーブメントは最盛期を迎えた

1969年のアメリカはアポロ11号が人類初の月面着陸を達成し、人々に夢と希望を与えました。

その年に大型野外フェスの元祖であるウッドストックフェスティバル(Woodstock Music and Art Festival)が行われ、ヒッピームーブメントはかつてないほどに盛り上がりをみせます。ウッドストックフェスティバルは1969年の8月15日から17日の3日間で40万人が集まったと言われています。日本の有名な野外フェスのフジロックフェスティバル(FUJI ROCK FESTIVAL)では3日間で約10万人の来場なので、その4倍の規模に達します。

 

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出典:consequenceofsound.net  舞台から見た観客

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出典:www.shellyrusten.com  座り込む人々

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出典:woodstock.com  40万人のイベントとなると、人、人、人!で埋め尽くされている

 

当時はジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン、グレイトフルデッドなどのミュージシャンたちが人気を博していました。特にヒッピー達に人気だったのが、グレイトフルデッドでライブ重視の活動を行いながら、アメリカヒットチャートとは無縁だったものの、アメリカ国内での年間収益は常に1、2を争うほどの伝説的バンドでした。

 

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出典:ultimateclassicrock.com  全米収益の1、2を争うほどの人気バンドだったグレイトフルデッド

 

彼らの追っかけファンのことをデッドヘッズと呼び、デッドヘッズにはApple創業者のスティーブ・ジョブズやアーティストのキース・ヘリング、第42代アメリカ合衆国大統領のビル・クリントンなどがいます。

グレイトフルデッドは今年2015年7月に再結成しラストライブが行われる予定で、21万枚のチケットがわずか数十秒で完売したそうです。ネットオークションでは数十万円の値がつくようです。

1969年当時、アメリカには世界中からヒッピー達が集まり共に行動し、より自由に暮らしていました。ヒッピー達のその暮らしの中で欠かすことができないことが音楽でした。海外には21世紀を迎えた現在もヒッピーは数多く存在し、今でもこうしたミュージシャンのファンです。

 

 

世界に大きな影響を与えた人物もかつてはヒッピーだった

大きなムーブメントを巻き起こしたヒッピームーブメントですが、その時代にヒッピーとして過ごした後、世界で大きく活躍する人が現れます。

現在のアメリカ合衆国大統領であるバラク・オバマや、先ほども述べたクリントン元大統領、その夫人であるヒラリー・クリントン、スティーブ・ジョブズ、ジョン・レノンをはじめとするビートルズなど、政治家や企業家、ミュージシャン、アーティストなどあらゆる分野で世界に影響を与えている著名人達はかつてヒッピーの時代を過ごしていました。

 

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出典:www.telegraph.co.uk  大学時代のバラク・オバマ氏

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出典:www.echobrown.com  若い頃のビル・クリントンとヒラリー・クリントン

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出典:allthingsd.com  若い頃のスティーブ・ジョブズ

 

スティーブ・ジョブズは若い頃にマリファナやLSDを服用したことを著書で述べており、その後インドを放浪しました。最終的にはアメリカの日本人から「禅」を学んでいたそうです。

 

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出典:rebloggy.com  ジョン・レノンとオノ・ヨーコ

 

また、ビートルズもインドに精神の修行に行き、瞑想などをおこなったそうです。

ヒッピー精神と東洋の精神には非常に近いものがあったようだ。

ジョン・レノンとオノヨーコのイメージとして、裸で写っていたり、オノ・ヨーコさんが歌ではない奇声とも呼べる声を発していたりと奇妙なイメージだったが、それはヒッピーの文化をルーツとしていると思えば納得です。

 

1970年中盤にヒッピーはコミューンとしていろんな場所で暮らした

最終的にヒッピーは1970年代半ばを過ぎた頃から社会からの視線がより厳しくなったことで、急速にヒッピー文化は衰退していきます。

徐々に居場所がなくなりつつあったヒッピー達は集団で生活する「コミューン」と呼ばれる共同体を作るようになります。コミューンは主に自然の豊かな場所にあり、できる限り社会とは隔離された集団でした。

コミューンはみんなで1つの家族と言った認識で異なる男女で夜の営みを行うこともよくありました。そんな中で子供が生まれたりします。コミューンでもお金はほとんど使うことはありませんが、最低限のお金を稼ぐために手に職つけて商売をしていました。なかにはヒッピーながらもビジネスで大きな成功を掴んでいる人もいました。

 

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出典:jiten4ujp.exblog.jp  コミューンで生活するヒッピー家族

 

社会のルールやお金に縛られない価値観を持った人々は共同体としてコミューンを形成するようになります。本当に必要なものだけでつまらない意地や見栄、強制もないほとんど自由な暮らしをヒッピー達はコミューンの中で体現しました。

 

ヒッピー時代の雰囲気を動画でどうぞ!

ッピームーブメントは時代の大きな流れになって文化になりました。

21世紀を迎えた現代でも似たようなムーブメント(活動)はちょこちょこあります。

時代が大きく動いた時、人々は「人間らしさ」を強く求めるのかもしれません。

今でこそ情報化社会となり、一日中あらゆる情報に晒される環境になりました。

いろいろな情報に惑わされてなんとなくうんざり感じた時に、「人間らしさ」や「本当に大切なこと」を考えることは必然だと感じます。だからこそ過去の文化であるヒッピー文化からも”生き方”について学べることは多くあるのではないでしょうか。

 

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